製品関連

PAH治療における
薬剤選択の実際
~初期併用療法からswitchingまで~

大郷 剛 先生,中西 直彦 先生,足立 史郎 先生

日時:2020年5月15日(金)
場所:オンライン開催

ご司会
横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学 准教授
菅野 晃靖先生

ご出席者
慶應義塾大学医学部 内科学(循環器) 専任講師
片岡 雅晴先生
*座談会当時のご所属・ご役職を掲載しています。片岡雅晴先生の現在のご所属・ご役職は産業医科大学第2内科学 教授です

杏林大学医学部 循環器内科学講師
伊波 巧先生

国内外の治療指針における
初期併用療法の位置づけ

菅野 : 本座談会では肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)治療における薬剤選択の実際をテーマに,本領域のオピニオンリーダーの先生方お2人をお招きしてディスカッションしていきたいと思います。

 はじめに overview として,国内外のガイドラインにおける初期併用療法の位置づけについてご紹介します。日本循環器学会による『肺高血圧症治療ガイドライン(2017 年改訂版)』では,NYHA/WHO 機能分類(WHO-FC)に従って特発性 PAH(idiopathic PAH:IPAH)/ 遺伝性 PAH(heritable PAH:HPAH)の治療指針が示されています1)。日本の PAH 治療では積極的に初期併用療法が実施されてきた歴史的背景もあり,低リスク・中リスク例であっても平均肺動脈圧(mPAP)を考慮して必要であれば初期併用療法が検討されます。

 また,2018 年2月にニースで開催された第6回肺高血圧症ワールドシンポジウム(6th WSPH)においても,PAH 治療のアルゴリズムでは単剤療法を考慮すべき一部の症例を除き,初期併用療法が推奨されるに至りました2)。初期単剤療法を考慮すべき PAH のサブセットとして,急性肺血管反応性試験陽性でカルシウム拮抗薬(CCB)のみで改善が得られている症例,単剤療法のみで長期間低リスクの状態を維持している症例,左室収縮力が保たれた心不全(HFpEF)の複数の危険因子(高血圧,糖尿病,冠動脈疾患,心房細動,肥満)を有する75歳以上の症例,肺静脈閉塞症(pulmonary veno-occlusive disease:PVOD)/ 肺毛細血管腫症(pulmonary capillary hemangiomatosis:PCH)が疑われる症例,HIV 感染症・門脈圧亢進症・未修復の先天性心疾患を伴う症例,非常に軽症な症例や重度の肝疾患などの合併により併用療法が禁忌となる症例が挙げられています。

 初期併用療法を行う場合,臨床上で問題となるのがどの系統の薬剤を何種類選択すべきか,あるいは同系統の作用機序をもつ治療薬のうち,どの薬剤を選択すべきかという点です。2020 年現在,PAH 治療薬の作用機序としてプロスタサイクリン経路に作用する薬剤が5種類,エンドセリン経路ではエンドセリン受容体拮抗薬(ERA)が3種類,一酸化窒素(NO)経路ではホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬が2種類,可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬が1種類利用可能となっています。このうち,相互作用も考慮しながら薬剤を選択しますが,初期併用療法についてはhead-to-head の大規模臨床試験に基づくエビデンスが乏しく,選択の判断が難しい状況です。

 実臨床において,同系統の薬剤の選択で検討されるポイントとしては,プロスタサイクリン経路では投与経路と力価,副作用,エンドセリン経路では受容体選択性や親和性の違い,用量の種類,副作用,NO 経路では PDE5 阻害薬と sGC 刺激薬のシグナル経路の下流か・上流かという作用点の違い,臓器特異性の違いのほか,最大用量設定や副作用などが挙げられると思います。

 2系統併用・3系統併用の選択や投与方法の選択については,確定診断に基づく治療戦略により決定されるでしょう。われわれの施設でも,IPAH/HPAH に対しては早期から3系統を併用し,比較的多 い 結 合 組 織 病 に 伴 う PAH(connective tissue disease-PAH:CTD-PAH)や, 門 脈 肺 高 血 圧 症(portopulmonary hypertension:PoPH)などについては病態により,まずは単剤療法や2系統併用から様子をみる方針を採用しています。

PAH 患者の治療ストラテジー

1.sGC 刺激薬を含む初期併用療法

菅野 : 続いて,伊波先生に PAH 症例における初期併用療法のご経験をご紹介いただきます。

伊波 : 当院で sGC 刺激薬を含む内服薬3剤で初期併用療法を施行した PAH 症例を提示します。

 症例は 60 歳代女性,X−1年2月にインフルエンザ罹患後より労作時呼吸困難とともに倦怠感・食思不振を自覚されましたが,近医でうつ病と診断,抗うつ薬などの加療を開始されました。同年 12 月に下腿浮腫が出現し右心不全で他院紹介受診,心エコー検査にて肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)が疑われたため X 年7月に当院紹介受診となりました。

 当院初診時の血液検査所見では脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値が 1,666pg/mL と極めて高く,右心カテーテル検査でも右房圧(RAP)14mmHg,mPAP 74mmHg,肺血管抵抗(PVR)35.4Wood Units,心係数(CI)1.3L/min/m2と高度の肺血行動態異常を示していました(表1)。また,動脈血酸素飽和度(SaO2)/混合静脈血酸素飽和度(SvO2)も83.1/45.2%と低酸素血症を呈しており,WHO-FC はIII度で右心不全状態でした。この状態で PH に対する強力な治療を行うと右心不全の悪化が予想されるため,まずは右心不全に対するカテコラミン治療と併用するかたちでリオシグアトを最低用量(3mg/ 日)から開始し,右心不全所見の改善がみられた2週目からアンブリセンタン,4週目からセレキシパグを導入しました(図1)。

表1:右心カテーテル検査(60 歳代,女性)

胸部X線写真
RAP:右房圧,RVSP:右室収縮期圧,EDP:拡張終期圧,PAP:肺動脈圧,PAWP:肺動脈楔入圧,PVR: 肺血管抵抗,CI:心係数,SaO2:動脈血酸素飽和度,SvO2:混合静脈血酸素飽和度
(杏林大学医学部付属病院データ)
紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので,すべての症例が同様な結果を示すわけではありません。

すると治療開始から7週後の右心カテーテル検査でmPAP が 35mmHg,CI も 3.1L/min/m2と著明な改善がみられました(表1)。その後,リオシグアトを最大用量まで,セレキシパグを 1.2mg/ 日まで増量して内服薬3剤で治療を継続しました。25 週後の右心カテーテル検査では mPAP 27mmHg となり(表1),その後も治療を継続して mPAP 20mmHg 台を維持できています。PAH 治療薬による加療以外にも,この患者さんは低酸素血症を起こしていたため,在宅酸素療法(HOT)を導入しています。また,当院では薬物治療とともに運動制限を重視しており,本症例でも日常の生活レベルで移動を車椅子にするなど運動制限を加えました。HOT導入による低酸素性肺血管攣縮の解消や運動制限が著明な改善に繋がった可能性もあります。

 当院の基本的な PAH 治療方針として,3系統のうち ERA と PDE5 阻害薬 /sGC 刺激薬の併用を必須とし,可能な範囲で経口プロスタサイクリン系製剤を導入しています。当院は地域的に未治療の PAH 患者さんが多く,予後を考えるとエポプロステノール持続静注療法が必要な症例を見分けて早期に導入する必要があります。このため内服薬による初期併用療法を開始後1~2ヵ月で右心カテーテル検査を行い,mPAP 40mmHgを目安として持続静注療法を導入するか,内服でコントロールを継続するかを判断しています(図2)。このような方針で 2018 年以降,当院の未治療 IPAH 症例におけるエポプロステノール持続静注療法の導入例の割合は 33%,内服薬のみの持続静注療法の未導入例は 67%となっています。

 内服薬の選択について,最近,当院ではマシテンタンとリオシグアトを含む初期併用療法により血行動態の改善が得られる PAH 症例を経験するようになりました。海外からも 15 例を対象とした探索的なデータではあるもののマシテンタンとリオシグアトの組み合わせによる初期併用療法で6分間歩行距離(6MWD),NT-proBNP,WHO-FC などに対する有効性が示されています3)

図1:sGC刺激薬を含む初期併用療法が有効であったPAH 症例の治療経過(60歳代,女性)

右心カテーテル検査所見
いずれの薬剤の使用においても特に有害事象の出現は認めず,忍容性を確認しながら増量した。
(杏林大学医学部付属病院データ)
紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので,すべての症例が同様な結果を示すわけではありません。

図2:Upfront combination therapy(杏林大学医学部付属病院による)

右心カテーテル検査所見

菅野 : ありがとうございました。3系統の PAH 治療薬のうち,最初にリオシグアトを選択されたのはなぜでしょうか。

伊波 : 心不全症状が強い症例の場合,右心不全の悪化を避けるために PAH 治療薬の導入は慎重に行う必要があります。当院では未治療 PAH 症例に対して初期併用療法を開始する場合,基本的に経口か皮下・静注かを問わず入院下での導入とし,安全に継続できるかどうかを判断していますが,本症例では用量調節が可能な薬剤で様子をみながら徐々に増量していく必要があったため,リオシグアトから開始しました。

片岡 : 60 歳代発症の重症例でここまで改善するケースは珍しいと思うのですが,IPAH という診断になるでしょうか。

伊波 : はい。膠原病などの要素もなく,本症例は最終的に IPAH と診断しています。

菅野 : 初診時の mPAP が 74mmHg と非常に高値ですので,エポプロステノール持続静注療法を含む初期併用療法を導入する考え方もあるかと思いますが,右心不全が強くリスクが高いため経口薬から治療を開始されたということですね。

伊波 : 当院でも WHO-FC III度以上の症例は基本的にエポプロステノール持続静注療法を導入する方針をとっており,本症例もその予定でしたが,著明な改善が得られたため経口薬による現行治療を継続するに至っています。経験上,持続静注療法導入に関しての決定は,経口薬による初期併用療法の効果を1~2ヵ月後に評価してからでも遅くはないと感じています。リオシグアトは右心不全の状態に注意しながら増量可能であり,実際に持続静注療法や持続皮下注療法を回避できる症例も近年経験していますので,経口薬による初期併用療法で治療を開始するメリットは大きいのではないかと思います。
 

2.PDE5 阻害薬からsGC 刺激薬への switching療法

菅野 : 実臨床では,治療の過程で薬剤の変更が必要となる症例も少なくありません。続いて,片岡先生に同系統での switching 療法を行った PAH 症例のご経験をご紹介いただきます。

片岡 : 当院で経験した PAH 治療薬の併用療法の過程で switching 療法が有効であった症例をご紹介し,これをふまえて3系統の治療薬の使い分けについて先生方のご意見をおうかがいできればと思います。

 症例は40歳代女性,前医にてIPAHと診断され,ERA のボセンタンおよびプロスタサイクリン製剤のベラプロストの経口2剤による初期併用療法を開始されています( 図3)。しかし改善がみられず,X +2年10 月に当院紹介受診となりました。当院初診時にはmPAP 43mmHg,PVR 13.4Wood Units,6MWD 269m,WHO-FC II度で労作時の息切れはあるものの,心不全の症状はなく,BNP は 25pg/mL でした。また遺伝子診断で PAH 遺伝子変異は認められず,当院でも改めて IPAH と確定診断しています。治療方針としてはプロスタサイクリン経路の静注・皮下注薬の追加ないし内服薬の強化が考えられますが,患者さんの希望もあってまずは NO 経路の PDE5 阻害薬追加による内服薬強化を選択しました。すると半年後の X+ 3 年 4 月 に は mPAP 30mmHg,PVR 5.9Wood Units,6MWD 459m まで改善が得られています。

 しかし,外来では自覚症状はなかったものの,1年後の X +4年4月に mPAP 39mmHg,PVR 8.8Wood Units と再増悪を認めました。6MWD は 438m でした。

次の治療方針として考えられるのはプロスタサイクリン経路の静注・皮下注薬の追加ですが,ご本人の自覚症状が乏しく心不全症状も出現していなかったことから,さらなる内服薬の強化を期待して PDE5 阻害薬から sGC 刺激薬リオシグアトへの switching 療法を選択しました。同時に ERA もボセンタンからマシテンタンに switching しています。すると,半年後のX +4年 10 月には mPAP 28mmHg,PVR 3.3Wood Units,6MWD 488m と著明に改善し,さらに心拍出量(CO)が 6.4L/min まで上昇しました。本症例はswitching から1年後の X +5年 10 月のフォローアップでも安定した状態を維持できています。

 国内でも多くの PAH 治療薬が開発・認可され,臨床現場の治療選択肢は増えています。ただし現行のガイドラインでは病態に即した薬剤の使い分けについて明確な指針がなく,同系統の薬剤のどれから使ったらよいか,どのように switching すべきかについての指針もありません。PH の個別化医療を推進するためにも,次回のガイドライン改訂までにエビデンスを積み重ねていく必要があります。

図3:Switching 療法が有効であったIPAH 症例の治療経過(40 歳代,女性)

右心カテーテル検査所見
mPAP:平均肺動脈圧,PVR:肺血管抵抗,mRAP:平均右房圧,CO:心拍出量,BNP:脳性ナトリウム利尿ペプチド,6MWD:6分間歩行距離
(慶應義塾大学病院データ)
紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので,すべての症例が同様な結果を示すわけではありません。

 当院の switching 療法の方針としては,血小板減少や肝機能障害,下肢浮腫などの副作用を認めた症例で同系統の別薬剤への変更を検討します。プロスタサイクリン経路の薬剤では血小板減少,ERA では肝機能障害や下肢浮腫による切り替えが代表的です。さらに今回提示した症例のように,初期治療で効果が不十分な場合にも内服薬の switching 療法が選択肢となります。

 当院で PDE5 阻害薬から sGC 刺激薬リオシグアトへ switching する場合,PDE5 阻害薬を中止後にリオシグアトを 3.0 から 4.5,6.0,7.5mg/ 日へと増量していく場合が多いです。当院の経験では,PDE5 阻害薬を内服できていた患者さんが sGC 刺激薬へ switchingした場合,特に問題なく最高用量まで増量できている場合が多いです。

最後に,われわれの取り組みを簡単にご紹介したいと思います。わが国の IPAH の予後は近年改善してきていますが,依然として治療不応性の患者さんも残されています。そもそも PH は原因遺伝子や感受性遺伝子などの遺伝要因に加え,生活史や嗜好などの環境要因が複雑に相互作用して発症・進展する複雑系疾患であり,個々の病態に合わせた個別化医療が極めて重要です。われわれは,遺伝子変異により PAH の病態や臨床的な治療反応性が異なることを明らかにしており,治療選択の際の重要な判断材料の1つであると考えています。プロスタサイクリン製剤の持続投与が必要な重症 PAH 患者を対象とした検討では,PAH の原因遺伝子の1つであるBMPR2変異陽性例ではBMPR2変異陰性例よりも予後良好であることを報告しています4)。つまり, BMPR2変異陽性例はPAH発症原因がBMPR2遺伝子変異により引き起こされる肺血管の細胞増殖というシンプルな病態で説明が可能であり,治療方針としてプロスタサイクリン注射薬の早期導入による積極的な治療を行うメリットがあると考えられます。一方,BMPR2変異陰性例は,環境要因やエピジェネティックな要因なども含めた複雑系疾患としての病態が混在した患者群であり,PAH 治療薬不応例が含まれている可能性があります。また,日本人を含む東アジア人に頻度が多いとされるRNF213変異を全エクソームシーケンスにより同定した検討では,RNF213変異陽性PAH症例が難治性かつ予後不良な患者群であることを明らかにしました5)。このような患者では,肺移植の検討を含む治療戦略が必要と考えられます。こうした遺伝子診断に基づく個別化医療を目指して,今後も継続的な病態解明に取り組んでいきたいと考えています。

菅野 : ありがとうございました。PAH 治療薬の併用療法の過程で病状が悪化し,同系統の薬剤のswitching 療法が行われた症例をご紹介いただきました。先生の施設では PDE5 阻害薬からリオシグアトへ切り替える場合,ウォッシュアウト期間は設けられていますか。

片岡 :  シルデナフィルあるいはタダラフィルを中止後にそれぞれの半減期を考慮したウォッシュアウト期間を設けています。その後,リオシグアトを 3.0mg/ 日から開始しています。

伊波 : ご提示いただいた症例は switching 療法により著明な改善が得られていますが,先生はどの要因が一番関わっているとお考えですか。たとえばボセンタンは CYP3A4 誘導作用によりシルデナフィルの血中濃度が低下することが知られていますが6),ERA を変更して他の薬剤への影響が少ない組み合わせにしたことも改善要因の1つでしょうか。

片岡 : ご指摘のとおり,薬剤間の相互作用がなくなったことは要因の1つと考えられます。ただ,本症例はswitching 療法後の短期間で著明に改善していますので,sGC刺激薬に反応する何らかの分子的要因がPAH の病態に関わっていた可能性も考えられます。

伊波 : 確かに,リオシグアトは NO 非依存的に sGCを刺激して環状グアノシン一リン酸(cGMP)産生を促進するため7),NO の産生が低下した病態でも肺血管拡張作用が期待できます。今後,個々の症例で内因性NO 活性の測定が可能になれば,適切な薬剤選択および個別化医療の実現に近づくでしょうか。

片岡 : そうですね。肺の血管内皮細胞や平滑筋細胞を生検で採取して NO 発現量を評価できればいいのですが,現実的には難しいでしょう。今後,末梢血を用いた mRNA シーケンスなどで sGC や NO の活性変動を認める症例を同定し,治療方針に活かすような取り組みが進むことを期待しています。

総合討論

1.sGC 刺激薬を含む初期併用療法はどのような患者像で有用か?

菅野 : 続いて,ご提示いただいた2例の PAH 症例の治療をふまえた総合討論を進めていきたいと思います。片岡先生,sGC 刺激薬リオシグアトを含む初期併用療法はどのような患者像で有用とお考えでしょうか。

片岡 : リオシグアトは血管内皮細胞の NO 産生能にかかわりなく効果が期待できるため,当院では未治療の PAH 症例に対してはマシテンタン・リオシグアト・セレキシパグの3剤による初期併用療法を行う症例も多いです。まず1日1錠のマシテンタンを開始し,その後リオシグアトとセレキシパグを順次導入し,最高用量まで漸増します。当院では入院管理下ではなく外来で導入していますが,十分な患者指導を行うことにより特に問題なく導入できています。リオシグアトは幅広い PAH 症例で使用可能と考えていますが,低血圧の副作用については注意が必要です。当院では,収縮期血圧に注意しながらリオシグアトを導入しています。ただしリオシグアト投与後に CO が増加し,血圧が安定してくる症例も数多く経験していますので,血圧の推移をみながら慎重に増量していくことが重要です。

菅野 : sGC 刺激薬は NO 産生能が低下した症例でも効果が期待できるだけでなく,NO 経路の上流から活性化させるという考え方は幅広い PAH 症例に対して適応可能かと思いますが,血圧低下が問題となる症例では注意すべきということですね。また,第3群 PHの可能性のある症例を除けば,リオシグアトは経口PAH 治療薬の第一選択と考えてよい薬剤かと思います。

伊波 : リオシグアトについては近年,CO の改善効果が注目されています。慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)のデータになりますが,sGC 刺激薬とバルーン肺動脈形成術(BPA)のメタ解析でも,sGC 刺激薬によるCOおよびCIの改善効果が特徴的でした8)。PAH では,たとえば左室駆出率(LVEF)が低下した症例でもよい選択肢になりうると考えています。

菅野 : 確かに,本日ご紹介いただいた2例とも CO の著明な改善が認められています。心機能低下が認められる PAH 症例に対する有用性は今後さらなる検討が必要ですね。
 

2.臨床からガイドラインの推奨の根拠となるエビデンス構築を目指して

菅野 : 最後に,薬剤間の head-to-head の比較試験が難しい状況で,どのように薬剤を選択していくかを考えていきたいと思います。片岡先生には末梢血を用いたmRNA シーケンスなどで sGC や NO の活性変動を評価し,治療方針に活かす取り組みをご提案いただきましたが,こうした分子機序に基づく治療選択をガイドラインに反映させることも課題の1つですね。

片岡 : おっしゃる通りです。PAH の治療方針に関しては現行ガイドラインで採用されている重症度分類に加え,遺伝子解析結果や右心機能を含む複合的な病態に基づく薬剤選択を考えていかなくてはなりません。また,CTD-PAH の治療方針に関してもエリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)や混合性結合組織病(mixed connective tissue disease:MCTD)に伴う PAH と,全身性強皮症(systemic scleroderma:SSc)に伴う PAH(SSc-PAH)とでは治療反応性や予後が大きく異なります。たとえば,SSc-PAH では心筋拡張障害などの心臓病変を合併することが多く,心筋への直接作用を有する薬剤の有用性などを少数例でも前向きの臨床研究を実施し,病態に応じた治療指針を新たに提案していく必要がありますね。

伊波 : 片岡先生が精力的に進められている遺伝子変異による治療反応性・予後の違いは治療方針を大きく左右するもので,今後標準化されていくことを期待しています。

片岡: そうですね。これまで進めてきた取り組みを継続しながら,わが国の複数の専門施設が協力して左心の拡張障害や膠原病などの併存症,遺伝的背景などにフォーカスした共同研究を行い,エビデンスを創出していくことが求められます。

 そのほかに,新たに定義される PH 患者についても考えていく必要があります。6th WSPH では,PH の定義を mPAP > 20mmHg へと変更することが提案されました。これを受けて各国の PH ガイドラインでも次の改訂では疾患定義の変更が検討されていると予想されます。mPAP 20 ~ 25mmHg はこれまでボーダーラインとされてきた病態で,診断のためにはこれまでの検査に加えて運動負荷試験など追加の所見が重視されると考えています。今後は mPAP 20 ~ 25mmHgの症例に対して適切な治療介入を行うためにも,少数例からの臨床試験を組んでいくことが重要です。

菅野 : ありがとうございました。臨床的にボーダーラインとされてきた mPAP 20 ~ 25mmHg の症例のうち,基礎疾患の合併や治療反応性などから早期介入すべき群を同定し,個別化医療に繋げていくこと,さらにガイドラインへと反映し標準化していくことが今後のわれわれの課題ですね。

 本日は PAH 治療における初期併用療法の実際,今後の展望についてエキスパートの先生方に貴重なご経験の紹介と討論をいただきました。本座談会が PH 診療における治療選択について今後のディスカッションの一助となることを願っております。

 ありがとうございました。

References

  1. 日本循環器学会.肺高血圧症治療ガイドライン(2017 年改訂版).https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_fukuda_h.pdf(閲覧:2020-07-15)
  2. Galiè N, Channick RN, Frantz RP, et al. Risk stratification and medical therapy of pulmonary arterial hypertension. Eur Respir J. 2019 ;53:1801889.
    著者に Bayer 社より助成金等を受領している者が含まれる。
  3. Sulica R, Sangli S, Chakravarti A,et al.Clinical and Hemodynamic Benefit of Macitentan and Riociguat Upfront Combination in Patients With Pulmonary Arterial Hypertension. Pulm Circ. 2019;9:2045894019826944.
    著者に Bayer 社のアドバイザリーボードに参加している者が含まれる。
  4. Isobe S, Kataoka M,Aimi Y,et al.Improved Survival of Patients With Pulmonary Arterial Hypertension With BMPR2 Mutations in the Last Decade. Am J Respir Crit Care Med. 2016;193:1310-4.
  5. Hiraide T, Kataoka M, Suzuki H,et al.Poor Out comes in Carriers of the RNF213 Variant(p.Arg4810Lys)With Pulmonary Arterial Hypertension. J Heart Lung Transplant. 2020;39:103-12.
  6. Paul GA, Gibbs JS, Boobis AR, et al. Bosentan Decreases the Plasma Concentration of Sildenafil When Coprescribed in Pulmonary Hypertension. Br J Clin Pharmacol. 2005;60:107-12.
  7. Schermuly RT, Stasch JP, Pullamsetti SS,et al. Expression and Function of Soluble Guanylate Cyclase in Pulmonary Arterial Hypertension. Eur Respir J. 2008;32:881-91.
    著者に Bayer 社の社員が含まれる。
  8. Wang W, Wen L, Song Z,et al.Balloon Pulmonary Angioplasty vs Riociguat in Patients With Inoperable Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension: A Systematic Review and Meta-Analysis. ClinCardiol. 2019;42:741-52.

 

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