CIRCLE for PH

福島県立医科大学附属病院における
肺高血圧症診療と連携の取り組み

CIRCLE for PH

福島県立医科大学附属病院における
肺高血圧症診療と連携の取り組み

福島県立医科大学附属病院
循環器内科准教授
中里 和彦 先生

中里 和彦 先生
福島県立医科大学附属病院

福島県立医科大学附属病院(福島市:778床)は,福島県内唯一の医科大学附属の総合病院として,希少疾患や先進医療の診療体制の整備に努めている。2014年からは肺高血圧症(PH)専門外来を設置し,広域県ならではのネットワーク構築で多くの患者を専門診療につなげている。「われわれはPH診療の第1世代。エビデンスのない治療法を,患者に説得する必要があった」という中里和彦先生に,地域連携体制の構築の経緯や,PH診療の課題についてうかがった。

「悪性疾患」に打つ手なく無力感

福島県は,南北に連なる阿武隈山脈,奥羽山脈という広大な2つの山地帯を抱え,地形や気候風土から会津・中通り・浜通りの3地方に区分されています。山に隔てられた3地方は行き来が難しく,かつて当院の所在する浜通りは仙台方面,中通りは茨城や東京方面,会津は新潟方面に出向くことが多かったそうです。

その後,交通網が充実するにつれ,治療に緊急性を要する疾患は郡山市,いわき市,白河市,会津若松市など人口の多い中核病院に集中していきました。ただし,肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)など希少疾患の患者は,多少不便であっても,福島県全域から唯一の大学病院である当院に集まります。福島県では今なお,PHを診る常勤医がいるのは,当院のみという状況です。

私が当院循環器内科に入局したのは1992年(平成4年),今から30年近く前のことですが,当時は年1回ほど,特発性PH(idiopathic PH:IPH,当時の原発性PH)の患者さんが救急搬送されてくることがありました。ただし,診断はついても専用治療薬のない時代です。患者さんにスワンガンツカテーテルを留置し,モニタリングのもと半減期の短いものから血管拡張薬を投与するなど,試行錯誤の連続でした。

今でこそ,そのような治療は血圧低下からショックをきたすリスクが知られていますが,当時,治療に関するエビデンスは皆無です。患者さんの急変を招き,もちこたえても半年ほどで亡くなるケースが続きました。患者さんは苦しがり,見守る家族も悲嘆にくれています。どれだけ経験豊富な医師が診ても予後を改善することはできず,「循環器内科にこのような悪性疾患もあるのか」と,無力感を抱くしかありませんでした。

「誰が診ても予後不良」から救命可能な時代へ

1999年にエポプロステノール静注が登場すると,それをいかに使って症状を改善していくかを検討する時代が到来します。現在は,治療初期から複数の治療薬をほぼ時間差なく併用するupfront combination therapy が主体ですが,当時はまだ併用できる薬もない状況でした。

2005年になると経口薬が登場し,ほどなくして2剤併用が可能となります。ところが2010年,これらの経口薬を服用した患者に比べ,それ以前にエポプロステノール持続静注を導入した患者さんのほうが有意に予後がよいというデータが報告されたのです1)。医師としては当然,重症例にはエポプロステノール持続静注を導入すべきと考えます。一方の患者さんは,経口薬という楽な選択肢があるなら,当然,そちらのほうが魅力的なわけです。経口薬を望む患者さんに対し,医師としてはとにかく手遅れにならないよう,エポプロステノール持続静注を導入する決断を説得しつづけるしかありませんでした。

今振り返っても大変な時代でした。ただ,治療の選択肢が増えたことで,「誰が診ても予後は改善できない」時代から,「熱意のある誰かが診れば,患者さんを助けられる」時代となっていったのです。

有志の仲間 肺高血圧症診療に欠かせない存在

その後,経口薬も3系統8種類まで増え,WHOの治療アルゴリズムでも,重症例ではエポプロステノール持続静注との併用やupfront combination therapy を推奨する記載となりました。われわれも,患者さんに自信をもって治療法の説明ができるようになり,少しずつ増えてきた紹介患者さんの受け皿も必要と考えて2014年,PH専門外来の設置に至ります。

専門外来とはいえ希少疾患ですから,受診する患者さんの数も限られています。週に1回,私が循環器内科で担当する新患・再診外来の枠のなかで,十分に対応することが可能です。また,エポプロステノール持続静注導入も年に数える程度で,病棟に専門チームを設置するまでもなく,患者さんが入院してくれば,私と杉本浩一先生(循環器内科准教授),高橋智子先生(薬剤部)の3名が結集するかたちとなっています。

じつはPHの患者さんをみはじめた頃,入院患者さんのエポプロステノール交換のため,私自身の手で溶解作業を行っていました。1日3回,朝溶いて,午後溶いて,最後は夜中に溶いて家に帰り,翌朝7時に出勤してまた溶くといった都合です。そんなときに声をかけてくれた2人が,いつの間にか当院のPH診療に欠かせない存在となりました。

症例が続くと,エポプロステノール持続静注導入の管が切れた,感染したなどのトラブルも増え,病棟の看護師も経験を積んでいきます。病棟で受け持ち担当になった看護師はそのつど勉強して,異動先の病棟でもPHの知識を普及してくれるなどして,しだいに院内全体にPHへの認識が浸透していきました。

広域ならではリレー方式の連携で

当院では,かつて膠原病内科が循環器内科と同じ第二内科だった時代があり,当時は膠原病内科医が右心カテーテル検査まで手がけていたようです。今は分業が進み,膠原病に伴うPHの患者さんは,当科へ紹介されてくる院内連携が進んでいます。

膠原病に伴うPHの場合は,当科が主導するかたちの並診としますが,肺疾患に伴うPHについては,薬物療法の効果についての結論が得られていないため,検査終了後,治療法の選択については呼吸器内科に委ねています。

患者さんの数が少ないため,合同カンファレンスなどは実施していませんが,検査によりPHと確定すれば,当科にて入院などの手続きまで行うなど,気軽に相談してもらえる体制を心がけています。膠原病内科や呼吸器内科のなかにもPHに関心をもつ医師が出てきて,院内でPHの患者さんを診る体制は完成しつつあると感じています。

広域ならではリレー方式の連携で

また,専門外来を開設以来,1人でも多くの患者さんを当院の専門外来につなげるため,地域におけるネットワークづくりに尽力してきました。じつは過去に,福島市で全国規模のPH研究会をスタートさせたことがあるのですが,残念ながら10回で終了となりました。われわれ専門医には充実した会だったものの,「ちょっと興味があって参加した」という医師にとっては,実臨床に有用な情報が乏しかったのかもしれません。

そんななか,PHの認識を広める場として注目したのが,各地区医師会の勉強会です。

PHに興味のある医師が集まるわけではありませんが,逆に幅広い領域への関心が高く,会場からは「PHの世界はこんなに進化していたのか」という驚きの声が上がります。ただ,「鑑別が難しい」「患者さんに遠い大学病院を勧めにくい」などの理由から,当院への直接の紹介は躊躇されがちでした。

そこで,紹介のポイントとして,息切れの自覚症状と心エコーでの推定肺動脈収縮期圧,三尖弁逆流,右心肥大を挙げたうえで,各地で進めていったのがリレー方式の連携です。

私は現在,福島県内各地の総合病院(白河病院,福島赤十字病院,竹田綜合病院など)に出張するかたちでPH専門外来を行っています。各病院の循環器内科にはかつての同門が常勤しているので,まずは地域の開業医の先生から総合病院に紹介をしてもらい,私は出張時に患者さんを診るというものです。たとえば,中通り南部の患者さんならまず白河病院循環器内科に紹介をしてもらい,私がそこの専門外来で患者さんを診て,必要なら当院で継続して診る流れとなります。

専門外来開設当初,地域から紹介されてくるのは重症の患者さんばかりでしたが,徐々に,エコーなどのスクリーニング段階での紹介も増えてきました。最近,紹介のあった慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)の患者さんなどは,いったん足の血栓が溶けてD-dimerが低下したものの,3ヵ月経過して三尖弁逆流が残存しているからと,息切れすらない状態の紹介でした。

病診間・病病間のリレー方式での連携により,地域の開業医の先生はより紹介しやすく,また総合病院循環器内科との関係性も密になって,福島県内のPH診療のレベルが徐々に向上していると実感しています。

連携どう次世代につなげるか

PH診療に関わって30年近くが経ち,医師として,PHの治療の進歩とともに歩みを重ねてきたように思います。われわれは,PH専用治療薬のなかった時代を経験した,いわば第1世代の医師といえます。これまで院内で,また地域においてPH診療の浸透に努めてきましたが,最近考えるのが,「つくりあげた体制をどう維持していくか」ということです。

われわれはいずれ当院から異動するか,引退するかして不在となります。その後,どうやって体制を維持していくべきか。PHのような希少疾患の診療拠点として,マンパワーや設備面から大学病院が中核となるのは間違いなく,院内でPHを診る若手医師の育成はもちろん,出張先で協力してくれる先生方の後継も考えていく必要があります。

また,第1世代と異なり,今は患者さんに対し,エビデンスでもって治療選択肢を説明できる,恵まれた第2世代といえます。この第2世代の医師に対し,われわれは,過去の失敗を繰り返さないよう伝えていくことも使命と考えています。

PHの患者さんは,大変苦しい病気を発症し,どうしても楽な治療を選択しがちです。そこを,肺動脈圧や血行動態を診ながら,重症例には決して妥協することなくエポプロステノール持続静注導入を説得するのが,医師の役割なのです。医師の説得があってこそ患者さんの予後改善が実現することを,次世代にも申し送りしていきたいと思います。

肺高血圧症のエビデンスAllJapanの連携で

治療が大きく進歩した喜びがある一方,いまだPHが完治の見込めない病気であることに変わりはありません。連携により,せっかく早い段階で紹介してもらった患者さんです。最適の治療法で,できる限りよい予後改善にもっていかなくてはなりません。

しかしながら,薬物療法の選択肢が増えたことで,薬への反応性といった側面からの病態分類も進み,PHという括りのなか,同じように治療をしても予後に違いがあることがわかってきました。すると,治療の恩恵を受けられない患者さんをどうやって救うかも,残された課題の1つといえます。

日本のPH診療は,世界のなかでも治療成績がよいことで知られていますが,それを裏づけるエビデンスが不足していると,海外の先生からはよく指摘を受けます。たとえば,PHの予後因子として世界的には6分間歩行距離が使用されていますが,肺動脈圧が高くなる疾患である以上,肺動脈圧を低下させ,血行動態を正常に近づけるべきとするのが日本の考えです。そうした考え方を認めてもらうための,海外に向けたエビデンスの創出も次世代に託したいところです。

そこは希少疾患であるだけに,施設ごとに語れる世界ではありません。地域での連携からはじまり,共通の臨床課題を有する多施設が手を取り合い,レジストリなり臨床試験なりを計画していくといったAllJapanの連携構築も,第2世代のPH診療として期待したいと思います。

文献
1)佐久間聖仁,他.エポスロステノール使用指針の検討.Prog Med. 2010;30:608-24.

<Case example>
近医から関連施設をたどり東京の専門施設へとつないだ慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の1例

tips

  • 地方の患者も,きめ細かなネットワークで専門診療につなげることが可能
  • 希少疾患の診断に困惑する患者には,説得のための信頼関係構築が必要
  • 既存の連携で専門診療が完結しない場合は,より広域のネットワークも念頭に

症例の背景

症例 50歳代,女性(CTEPH)
主訴 労作時呼吸苦
既往歴 10年前より下肢静脈瘤(長期間未治療)
生活歴 飲酒:機会飲酒,喫煙:10本/日×30年
内服薬 ワルファリン4mg/日
現病歴 X-3年より労作時の息切れを自覚するようになった。X年3月に息切れの症状が強くなり,近医を受診したところ,胸部X線検査で異常を指摘され,総合病院に紹介となった。同院での造影CT検査にて肺動脈に血栓像が認められ,肺血栓塞栓症との診断にて同年4月に同院循環器科に入院となった。ヘパリン静注からワルファリン内服によって血栓は縮小傾向が認められたが,心エコー検査での推定肺動脈収縮期圧が80~100mmHgと改善が認められず,同年5月に当科に紹介となった(図1)。
症例の背景

【図1】来院時検査所見

症例を振り返って

症例は50歳代の女性で,白河市にお住まいの患者さんです。近医から肺血栓症のカテーテル治療で有名な星総合病院に紹介され,血栓溶解療法などを試みたものの,肺動脈圧の低下が認められない状況でした。同院にPHの専門外来はありませんでしたが,PH診療の経験のある医師が常勤しており,CTEPHが疑われて当院に紹介となったという経緯があります。

CTEPHでも中枢型であったため,肺動脈血栓内膜摘除術(PEA)の適応と判断し,患者さんと家族に説明しましたが,なかなか受け入れてもらえません。手術の実施施設として東京を検討していたのですが,患者さんは白河市から郡山市の星総合病院まで出て来るだけでも大変だったのに,さらに福島市の当院を受診するよういわれて,次は東京といわれて,さらに難病医療費助成支給認定申請手続きの話も出て,想定外の出来事続きに,大変混乱している様子でした。

症例は,慢性肺血栓塞栓症に急性肺血栓塞栓症の病態が加わっている病態だったため,とりあえず半年間,強力な抗凝固療法を行い,血栓の縮小が認められました。ただ,右心カテーテル検査では肺動脈圧が98/30/(56)mmHgと重症のPHで,やはりPEAの適応と説得しましたが,そのときも東京に行くことの承諾を得られませんでした。

そこで,患者さんとのコミュニケーションを図り,病気への理解を深めてもらうため,いったん当院でバルーン肺動脈形成術(BPA)と薬物療法(当時未承認)を行うことにしました。すると,当初56mmHgだった肺動脈圧は,BPAの左下葉2枝施行と薬物療法により,77/28/(44)mmHgまで低下しました。

症例を振り返って

それからは,BPAやスワンガンツカテーテル検査のたび,ひたすらCTEPHの情報を提供し,「風船で治療するより手術で治すほうがいいよ」と説得を続けていたところ,しだいに信頼を寄せてくれるようになり,最終的にPEAと東京行きを承諾してくれました。

X+1年,東京医科大学病院にてPEA+冠動脈バイパス術(CABG)を施行し,術後1年間は白河市から東京医科大学病院に通院していましたが,安定したということでX+2年に当院に逆紹介となりました。その後,当院で1年ほど抗凝固薬の調整を行いましたが,患者さんにとっては近いところがよいという判断で,ちょうど専門外来が開設された白河厚生総合病院に逆紹介しました。現在は月1回,同院の専門外来にて経過観察中ですが,症状は安定しています。

白河市でPHを発症した患者さんですが,うまくわれわれの関連施設をたどり,地道な説得の甲斐もあって,最終的に手術という専門治療につなげることができました。ただ,当院では肺移植とPEAが実施できず,これらの治療は福島県内では完結できないということになります。そういう観点からは,福島県内の医療連携の強化に加え,今後はさらに,全国規模の連携も充実させていくことが重要と考えています。