CIRCLE for PH

Doctor & Patient
医療心理学:医療心理学総論(前編)

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医療心理学:医療心理学総論(前編)

【監修】
早稲田大学人間科学学術院教授
鈴木 伸一 先生(公認心理師・医療心理士)

【略歴】

岡山県立大学保健福祉学部講師,広島大学心理臨床教育研究センター助教授,早稲田大学人間科学学術院准教授を経て2010 年より現職。東京女子医科大学病院循環器内科,広島大学病院,国立がん研究センターなどでの心理師としての職歴も豊富。専門は,認知行動療法,医療心理学,行動医学など。

医療における心理学の存在

近年,わが国では国民のメンタルヘルスの問題が複雑かつ多様化し,その対策が社会的問題として重視されています。医療においても,うつ病などの精神疾患はもとより,身体疾患を抱える患者さんの不安やストレス,生活上の悩みや困りごとに対し,心理学を用いた専門的支援が求められている状況です。

心のケアに取り組む心理職にはさまざまな名称の資格がありますが,1988年に創設された「臨床心理士」は,最も広く知られているところでしょう。ただ,病院側が心のケアを導入しようにも,心理職の国家資格が存在しなかったため,広く常勤として採用されるには至りませんでした。そうしたなか,2017年に公認心理師法が施行され,2019年4月以降,わが国初の心理職の国家資格となる「公認心理師」が誕生します。患者さんの心のケアにおいて専門的支援が求められているなか,今後,医療においてその任に当たる心理職は,公認心理師に統合されていくことが予想されます。

身体疾患患者と心理学の関わり

医療と心理学の関わりを振り返ると,精神科領域においては盛んに検討が行われてきた歴史があります。画像解析結果を分析する診断の補助において,あるいは知能検査や心理検査を用いた情報収集において,心理学的見地は大きく貢献してきました。そして,時代とともに心理療法やカウンセリングへのニーズが高まり,2000年代に入ると,より系統的な導入が進むようになります。

一方,身体科領域における心理学的介入は,まだまだ十分な普及には至っていないといえます。身体疾患の患者さんで心理学の介入が行われるのは,主に緩和ケアチームあるいは精神科リエゾンチームが心のケアを行うときですが,これらのチームへの介入要請はいまだ限定的です。

がんに関しては,がん対策基本法施行(2007年)により,緩和ケアチームの機能強化が求められたことで,地域のがん診療連携拠点病院では心のケアが実践されるようになりました。しかしながら,それ以外の身体科領域では,国の医療計画で重視される重大疾病についても十分ではありません。日本人の死亡理由の上位を占める脳卒中や急性心筋梗塞,慢性疾患で頻度の高い糖尿病に関しても,心理学的介入は,特定の施設に限られているのが現状です。

専門的支援への期待とニーズ

現代の医療は,最新の科学技術により飛躍的に進歩し,さまざまな疾患で生命予後が大きく改善されるに至りました。その反面,治療のためという名目で,患者さんには新たな苦痛や不安,ストレスを生み出すこととなったのです。現に,身体疾患を有する患者では,健常人に比べ,うつ病の発症率がかなり高率であることも知られています。

患者さんの不安やストレスが増大すると,療養上必要な指示が伝わりにくくなり,アドヒアランスの低下を招きます。結果として医療の質が下がるため,それを阻止するためにも,治療の基盤づくりを目的とした心のケアが重視されるべきです。

一方,最近では,患者さんの側からの心のケアへのニーズも増えてきています。昨今の情報社会において,うつ病など精神疾患に関する報道が増え,心のケアに対する社会的な理解が進みました。同時に,病院に心理師がいることや,心のケアが行われていることが認知されるようになり,患者さんやご家族から,専門的支援への期待が高まっている状況です。

患者さんは何を求めているのか(図1)

YesかNoで終わらせない問診のコツ

【図1】身体疾患患者の包括的管理における心理的アプローチの範疇
IC:インフォームド・コンセント

医療現場における患者さんの心理社会的問題は,実にさまざまです。病気に対する苦痛や恐怖,完治しないまま社会復帰していくことへの不安,生活習慣に注意を払うことへのストレスなど,多彩な問題があります。

病気そのものへの不安や告知に伴う混乱に対するケアもあれば,病気を抱えながらの生活で生じる日常的な問題への介入も重要です。たとえば,普段ランチを外食で済ませていた糖尿病の患者さんが,食生活改善のため,家族にお弁当をつくってもらう必要が生じたとします。そのとき,日々の楽しみの1つであった外食をどう納得して断つべきか,手間のかかるお弁当づくりをどう家族に負担してもらうのか,ひとくちに食生活改善といってもさまざまなストレス,困りごとが存在します。また,短い診療時間のなかでは,患者さんは主治医の説明が理解できず,いいたいことも伝えられず,コミュニケーション不足や,その結果としての不安も感じやすい状況です。

心理師は,このように患者さんが感じておられる不安や困りごとの課題を整理し,場合によっては周囲のスタッフとも連携しながら,解決の道筋へ導くことが1つの役割となりますが,身体疾患の適切な治療のためにも,こうした多彩な問題に対する適切なケアは重要となります。

より専門的な支援をめざして

心のケアの具体的な手法としては,これまでリラクゼーション技法や支持的カウンセリングなどが導入され,効果を上げてきました。それに加えて1990年代以降,エビデンスが蓄積され,心理療法のグローバルスタンダードとして定着しつつあるのが「認知行動療法」です。

欧米で心理療法の圧倒的主流として社会的理解を得ているのに比べ,わが国では普及が十分ではありませんが,2010年以降はうつ病をはじめ,一定の要件を満たせば保険診療での実施が可能な精神疾患が増えています。

また,公認心理師の誕生ははじめに述べたとおりですが,さらに,よりきめ細やかな心のケアをめざせば,特定分野の知識・技術を深めた専門心理師,たとえば「がん専門公認心理師」といった制度の創設も,患者さんのよりよい予後を実現するうえでニーズがあると考えられます。医療がより高度化,細分化するなか,心のケアも疾患特異的な,より専門的支援が行われることが期待されます(後編に続く)。