CIRCLE for PH

国立循環器病研究センターにおける
肺高血圧症診療と連携の取り組み

CIRCLE for PH

国立循環器病研究センターにおける
肺高血圧症診療と連携の取り組み

国立循環器病研究センター
肺高血圧症先端医学研究部特任部長/心臓血管内科部
門肺循環科医長
大郷 剛 先生

*取材当時のご所属・ご役職を掲載しています。

大郷 剛 先生
国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(吹田市:612 床)は,循環器領域において最先端医療を提供し,医療技術の開発をリードするナショナルセンターである。1977 年の開設当初より,肺高血圧症(PH)診療の拠点として多くの患者に対応し,「肺高血圧症ケア外来」設置やICT を用いた遠隔診断・診療など,新たな試みにもチャレンジしつづけている。専門施設の立場からPH 診療を俯瞰し,「重要なのはやはり,症例の集約化」という大郷剛先生に,地域連携体制の現状や,PH 診療の課題についてうかがった。

時代とともに 循環器病診療の発展

国立循環器病研究センターは,1977 年,循環器病の予防と制圧を目的として開設された日本で2つ目のナショナルセンターです。40 年以上にわたって地域住民に密着しながら,広く高度専門医療の提供と研究に取り組んできました。肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)領域においても,近畿・東海を中心に全国から患者さんの集まる拠点施設として,最新の知見にもとづく診療の提供に努めています。

PH の歴史を紐解くと,原発性肺高血圧症(primary PH:PPH)[現在の特発性肺動脈性肺高血圧症(idiopathicpulmonary arterial hypertension:IPAH)] について,WHO によりはじめて疾患概念の統一に関する報告がなされたのが1973 年,日本における診断基準作成は1975 年のことです。

そのわずか2年後に当センターが開設されたわけですが,循環器疾患の各分野で診断・治療のビッグバン的進化が生じつつあるなか,PH は概念自体が注目されはじめたばかりで,治療法は皆無でした。しかしながら,ナショナルセンターとしての道を歩み出した当センターには,全国から肺循環領域の患者さんが集まって来られたと聞いています。PPH や慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH),Eisenmenger 症候群の患者さんが延命を求めて受診されるものの,安静に過ごしていただくしか手立てがなく,当時の主治医らは何とも歯痒い思いをしたであろうと推察します。

それでも,政策医療を担うナショナルセンターの責務として,希少疾患・難病であるPH に立ち向かうべく,未来を見据えた研究・診療が続けられていきました。

肺高血圧症 治療の夜明け

PH は,1980 年代に入っても依然として予後不良の疾患でした。1980 年代前半のIPAH・遺伝性肺動脈性肺高血圧症(heritable PAH:HPAH)の平均生存期間は2.8 年1)にしか過ぎず,2~3年で死の転帰を辿る極めて深刻な疾患であったことがうかがえます。

その後,1990 年代後半におけるエポプロステノール[プロスタグランジン(PG)I2]静注製剤の登場は,長い暗黒時代を抜け,まさにPH 治療の夜明けを迎えたといってよいでしょう。私が当センターにレジデントとして赴任した2002 年には,全国からエポプロステノール静注療法導入目的の患者さんが来られるようになっていました。そして,早期から治療介入を行うことで,驚くほど改善する患者さんが増えていったのです。

また,その頃にはCTEPH に対する外科的治療として,肺動脈内膜摘除術(PEA)も確立され,手術目的での紹介も急増していました。ただ,患者さんの状態や病変の解剖学的理由により,PEA の適応とならない場合もあります。

そこから非侵襲的なバルーン肺動脈形成術(BPA)が開発されていくわけですが,実は当センターには1989 年頃,手術適応外の患者さんに対し,バルーンを用いて肺動脈を拡張したとする診療記録が残っています。つまり,1980 年代においてすでに,CTEPH に対するBPA が方法論として検討されたことになりますが,効果はあったものの合併症が問題となり,継続して行われることはありませんでした。

肺高血圧症 治療の夜明け

その後,当センターでは2010 年より本格的に BPA を再開,現在までに300 名以上(2019 年時点)の患者さんに施行しています。当センターにおけるBPA は,十分な効果と極めて少ない合併症が実証されており,この5年に限れば,過去の2~3倍に相当する年間約40 例の患者さんに,治療の恩恵をもたらすことができるようになっています。

地域を結ぶ 確かな知識

CTEPH の治療が2~3倍に増えた背景として,PEA の適応や安全性の変化,画像診断の進歩はもちろんのこと,CTEPH を含むPH の認知率が向上したことは大きいでしょう。PEA,BPA に加え,PH に特異的な治療薬が相次いで登場し,多くの先生方の目がPH に向けられるようになりました。

そこから一歩進んで,PH が疑われる患者さんを当センターに送っていただくには,地域の先生方の確かな知識と,当センターとの深い信頼関係が欠かせません。当センターには,大学病院と関連病院の関係のように太いパイプでつながる関連病院はありませんが,PH 診療における確固たる実績があります。そこを地域の先生方も評価して,「困ればセンターに送ろう」と考えてくださっているようです。

また,私も患者さんが来るのを待つだけではなく,PHの患者さんを1人でも多く紹介していただくべく,積極的に地域に出向くよう心がけています。そこで地域の先生方には,発症から1~2年もすれば重症化する疾患であることを強調しつつ,特異的症状のないPH をいかに診断につなげるかのポイントをお伝えしています。

まずPH が疑われたとき,必ず行っていただきたい検査として心電図,胸部X 線が挙げられます。心電図で右房,右室肥大に伴う変化や,胸部X 線により肺動脈,左第二弓の拡大が認められれば,PH の典型的所見です。また,聴診によるⅡ音の亢進は肺動脈の上昇を示す重要な所見の1つとなります。可能であれば心エコー検査も行っていただくとより確実でしょう。また,肺疾患がなく運動負荷時の酸素飽和度が低下することや,CTEPH の場合には血栓の存在により仰臥位への体位変換でも低下することなどが,PH をみつける有力な手がかりとなります。

こうした地域における疾患知識の普及活動の効果として,最近では開業医の先生から直接身体所見だけで「いわれていたようなPH かもしれない患者さんがいる」と紹介をいただいて,その通りの診断であったこともありました。地道な活動ではありますが,地域の先生方が鑑別疾患の1つとしてPH を考えるきっかけとなっていることに大きなやりがいを感じています。

さまよう患者 診療を求めて

当科では現在,患者さんやその家族からのPH に関する相談に対応すべく,当センターのホームページ上でメールアドレスを公開しています。

PH は希少疾患であるがゆえ,患者さんが社会のなかで得られる情報には限りがあります。そうしたなか,寄せられるメールの多くは,診断や治療に関係のないとりとめのないものもありますが,患者さんはメールで相談するだけでも安心されることも多くあります。直接病院での治療に関係のない場合,患者会に患者さんを紹介し,交流する手助けをすることもあります。

また,診察時に患者さんと話をしていると,「自分ではPH を疑っていたけれど,病院を3ヵ所,4ヵ所回っても診断がつかず,数年かかってやっとセンターに辿り着いた」といわれることがあります。そうした現状を知ると,全国的にはまだ,適切なPH 診療が普及していないのだと痛感します。そこで,専門施設についてメールで質問して来られる患者さんには,近隣施設の情報を返信するなどして,積極的な情報提供に努めています。

ときに,PH と確定診断された患者さんから,メールでセカンドオピニオンを求められることもあります。今,インターネットを使ったオンライン診療は拡張の方向にありますが,患者さんからの直接メールを用いた治療では診療情報に限界があり,どうしてもセカンドオピニオンが欲しい患者さんにはあらためて当科を担当の先生から紹介していただいています。

メール相談でそうした患者さんに遭遇すると,PH 診療は延命に腐心した時代を経て,今や全国的な診療体制の整備に軸足を移すべく,さらなる発展が求められているのではないかと思うのです。

日本初 肺高血圧症ケア外来の試み

一方,病棟でPH の患者さんを診ているなかで問題となるのが,内服治療の副作用とエポプロステノール静注製剤の手技についてです。

副作用対策としては,病棟の専任薬剤師が工夫を重ね,他職種と相談しながら前投与を試みるなどしており,マネジメントに困ることはありません。手技に関しても,病棟に受け継がれるピラミッド型の教育システムがあり,看護師が数年で独り立ちできるマニュアルや指導体制が整っています。毎年継続的に,PH の専門看護師が養成されるシステムで,病棟では,常にエポプロステノールなどの特殊な治療に関する一定の知識と技術が担保された状態で,患者さんの指導が行われています。

また,当科のPH に対する取り組みとして,独自にスタートさせたのが「肺高血圧症ケア外来」です。PH の患者さんは治療に伴うさまざまな問題を抱えています。エポプロステノールに関しては静注,皮下注に加えて吸入式が登場し,期待する効果を得るためには正しい使用方法を徹底しなくてはなりません。治療以外にも,患者さんの日常生活や精神面をも含めたケアも必要で,通常の外来では人的・時間的にカバーし尽くせないのが現状です。そこで,当科では新たに通常の外来に加え,月2回の「肺高血圧症ケア外来」を設置,患者さんの総合的なサポートをめざして診療を展開しています。せっかくのよい治療も継続できないことには意味がなく,患者さんの継続受診を促すには医師の診察だけでは力不足です。そこでPH 専門のコメディカルとともに,チーム医療で対応するという,日本初の試みとなりました。

「肺高血圧症ケア外来」で中心となって活動するのは,先ほど述べたピラミッド型の教育システムを修了した看護師です。私の診察後,30 分かけて手技や生活面,精神面の問題などをチェックし,患者さんに悩みごとがあれば相談に乗っています。必要に応じて感染対策専門の看護師にも同席してもらい,皮膚トラブルの問題を改善していきます。

こうした試みは,PH 診療の経験が豊富で,コメディカルを含め診療体制が充実している当センターだからこそ実現したといえるでしょう。手厚いサポートにより,患者さんの長期的な予後の改善にもつながると期待しています。

どう活かす 増えた治療選択肢

PH の現状をふまえ,あらためて最適な診療体制を考えると,まずは地域の先生方には,少しでも早くスクリーニングにかけ,専門施設につなげていただきたいと思います。最近も,地域でPAH と診断され,内服治療で様子をみられていた患者さんが,徐々に悪化して当科に紹介され,CTEPH との診断でBPA を実施したことがありました。PH 診療が普及していない地域では,まだ診断にすらつながっていない潜在患者さんも多いと懸念されます。

どう活かす 増えた治療選択肢

そこで,どの疾患にも共通することですが,最低限必要な医療体制としてまずは,PH 診療の全国的な均てん化が求められます。そのうえで,希少かつ進行性疾患である点をふまえ,地域における効率的な機能分化をめざすための,一定の集約化も必要となるでしょう。

近年,刻々と進化するPH 診療においては,治療の考え方も大きく変化し,それぞれの効果や限界もみえてきています。少し古いだけの概念や考え方すら通用しないなか,アップデートされていない不十分な治療は,患者さんに大きな不利益をもたらしかねません。

現時点で最も注目されている治療法は初期併用療法ですが,この治療法の問題の1つは,紹介された時点で非積極的な治療が長期にわたり行われてかつ重症である場合,そこから積極的な治療を試みても十分な改善が得られない点です。ところが,当センターに紹介で来られる患者さんのなかには,すでに長期非積極的な治療が導入され,初期からの積極的な併用療法が難しい場合も多々あるのも事実です。近年の内服薬は優秀でとりあえず1剤でも開始すればいったん症状が落ち着くため,重症化するまで引っ張ってしまうこともあるようです。

このことは,昔の静注療法しかない時代ならもっと早く紹介されたかもしれない患者さんが,治療の選択肢が増えたことで,かえって重症化してしまう矛盾が生じていると示唆されます。

どこまで地域で診るか,どの段階から専門施設へ紹介するかについては,明確な基準がないなか,より早期の診断・治療の実現に向けては,全国レベルでの症例の集約化が必要です。それを推進するのはやはり,PH の経験,人材ともに豊富なナショナルセンターである当センターの責務ではないかと考えています。

さらなる可能性 結ぶ遠隔診療

診療体制のあり方については,さらに新たなアイディアも模索しています。PH をはじめとする肺循環領域において,専門施設と離れた地域を結ぶ遠隔診断,遠隔診療の試みです。

着想のきっかけの1つとなったのが,当センターを退院した患者さんのフォローアップの問題です。患者さんが当センターを退院して地域に戻られた後,遠方の場合は年1回,通常は半年に1回,フォローアップのため受診していただきます。しかし,検査のために通っていただくだけでも相当な消耗が伴うため,安静保持が求められる患者さんにとって大きな困難です。そうした距離の問題を解決するには,新たなInformation and Communication Technology(ICT)の活用も有用ではないかと思います。

また,患者さんが地域に戻った後は,当センターでの濃密なケアが継続できないことによる,さまざまな問題も発生しています。私は,患者さんの転院が決まれば,転院先の看護師に治療薬の使用や管理について指導を行うなどして,積極的な情報提供に努めています。それでも患者さんのなかには,感染を起こしてしまったり,「治療が辛い」と直接,当センターに電話をかけてこられることもあるのです。

そのように,PH 診療によって生じている患者さんの不利益を少しでも小さくする手段として,現在,注目しているのが遠隔診断,遠隔診療です。

遠隔診断についてはすでに,当センターにおける実証実験として,2016 年の熊本地震の際,車中泊におけるエコノミークラス症候群の問題に対応すべく,ICT を活用した専門医による遠隔診断についての検討が行われています。

これは,遠い震災地からのリアルタイムエコー動画を当センター内で閲覧,診断するというものですが,性能の高さは確認済みで,こうした手法を肺循環領域に応用できないかと模索中です。ひとつには在宅訪問看護ステーションと共同して患者さんの情報の相互共有をインターネットベースですでに開始しております。しかしまだ規制法規の関連など,クリアすべき問題は多くあります。しかしながら,遠隔診断,遠隔診療を用いた診療機能の集約化は,さらに遠い地域を高度医療で結び,地域間格差を解消して,日本のPH 診療全体のレベル向上に貢献するのではないかと期待しています。

文献
1) D'Alonzo GE, et al. Ann Intern Med. 1991;115:343-9.

<Case example>
複数病院受診後,聴講経験のある医師により紹介された慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の1例

tips

  • 紹介は,なるべく軽症段階で。息切れがある程度の患者でも躊躇は不要
  • 開業医からの直接紹介も有用。地域の勉強会,講演会などでネットワーク構築を
  • 紹介元との情報共有は重要。BPA の見学など関心を高める工夫も効果あり

症例の背景

症例 50歳代,女性(CTEPH)
主訴 労作時息切れ(WHO 機能分類Ⅱ度)
現病歴

受診の半年前までは特記すべき症状なし。半年前より次第に労作時の息切れが出現。自宅において自覚症状はあまり認めず,長距離歩行にて息切れを感じるようになってきた。また坂道や階段を上ると息切れがあるが,平坦な道では,短い距離なら自分のペースでは歩行可能であった。
近医のクリニックを受診したが,原因不明として総合病院へ紹介。胸部X 線,心電図を施行したが原因不明のままであった。その後も症状改善せず,別の総合病院を2ヵ所受診したが,慢性呼吸不全や,精神的ストレスとの診断により安定剤を処方されていた。さらに別の近医のクリニックを受診したところ,専門外ではあったが,PH(CTEPH)の講演を聞いた経験から息切れの症状でCTEPH の可能性があることを知っておられた先生であり,CTEPH の可能性を疑われて当科紹介となった。
その後,患者さんは,CTEPH の確定診断を受け,BPAを実施,著明な血行動態と症状,運動耐容能の改善を示し,日常生活が問題なく送れるようになった(図1)。

症例の背景

【図1】来院時検査所見

図の読影ポイント:X 線では軽度肺動脈の拡張を疑います。心電図ではV2 誘導で軽度に陰性T 波を認めますが特異的な所見ではありません。心エコーでは右心系の拡大は軽微でほとんどわかりませんが,三尖弁圧較差は43mmHg と軽度上昇しています。

症例を振り返って

当科を受診される患者さんのほとんどは,地域の大学病院など,基幹病院からの紹介がきっかけです。そのなかで稀に,私が行ったPH に関する講演会を聞いた,あるいは新聞に載せた症例をみた,などをきっかけに,地域の先生から直接,患者さんを紹介いただくことがあります。

あるときも,地域の病院で勉強会を開催したところ,会終了後に参加された先生から,PH(CTEPH)が疑われる患者さんの相談を受けました。もともと高齢で息切れと低酸素があり,息切れがある程度の軽症であったため,その先生は当科への相談を躊躇し,経過観察を続けていたということです。講演を聞いてCTEPH かもしれないと考え,相談され当センターに紹介していただきました。治療にて改善し,患者さんには大いに喜ばれました。

このように,少しでも早い段階で患者さんを紹介いただくためには,私が地域に出向き,先生方に直接,疾患知識の普及を行うことも重要と考えています。それにより,地域の先生方が,鑑別疾患の1つとしてPH を考えるきっかけとなっているのは事実です。

本症例も,患者さんは診断を求めて何ヵ所もクリニック,病院を回ったものの,原因不明のままでした。最終的に当科に患者さんを紹介してくださったのは,過去に私のPH(CTEPH)の講演を聞かれたクリニックの先生です。

この先生も,それまでPH といえば「失神」「呼吸苦で動けなくなる」などの重症化した患者さんのみを紹介するというイメージで,「こんなに動ける軽症の人でも紹介してよいのですか」と驚いておられました。当科への紹介を機に,軽症段階での紹介がいかに大事かを納得され,考え方が大きく変わったといっておられました。

症例を振り返って

また当科では,患者さんを紹介いただいた場合,紹介元の先生にしっかりと情報提供をすることも重視しています。CTEPH の患者さんでBPA の適応となった場合,希望される紹介元の先生には治療日を連絡し,関心があれば見学に来ていただいています。

紹介元の先生は,自分が紹介した患者はどのような治療を受けて戻ってくるのか,どのような治療効果があるかを知りたいはずです。知ることで,次にPH の患者さんが現れたときに,「早く治療につなげよう」という意識をもってくださることが期待されます。実際,当科でBPA を見学し,患者さんが元気になって戻ってくるのを経験された先生からは,その後,紹介は着実に増えています。